第16章 株式会社エムアールアイシミュレーションズ(2018年4月~)

16-1. 新しい会社の立ち上げ

2018年4月2日,株式会社エムアールアイシミュレーションズを設立した.JSTのプロジェクトで開発したMRI simulator(BlochSolver)を主力商品とする会社である.代表取締役は,長男と私である.住所は港区西新橋であるが,最近の流行に乗って,建物の名前には虎ノ門という呼称が入っている,図16-1の右の12階建ての建物である(現在は,周囲に建物が建っているため,この写真を写した外堀通りからは見えない).

この会社を設立するにあたり,まず3月中に会社の定款を作成し,公証人役場(新橋)に行って認証してもらった.そして,4月1日は日曜日だったので,4月2日に,東麻布にある東京法務局港出張所に行って設立登記を行った.同じように設立登記に来ている若い人もいた.登記の受理には,数日かかったので,それが受理されてから三菱UFJ銀行虎ノ門支店に,法人口座の開設の手続きに行った.ただし,かなり先まで面談の予約が埋まっていて,審査もあったので,実際に開設できたのは4月末だった.その他に,日本年金機構や東京都税事務所に,会社設立に関する手続きに行った.一つ一つが,セレモニーのようなものだが,その後の会社にとっては,重要な手続きだった.特に,日本年金機構との付き合いは,会社にとって極めて重要である.

その他に,会社のドメインネーム(mrisimulations.com)の確保,サーバーの契約,メールアドレスの確保,ホームページの開設など,会社の基本的な枠組みを作成するのにも手間はかかった.でも,非常に重要なことである.

さて,このように,会社の形は出来上がったが,肝心の商品は未完成だった.それは,MRI simulatorのソフトウェアそのものは,ほぼ完成していたが,それを動作させるためのパルスシーケンスを記述するための言語,すなわち,パルスシーケンス記述言語(Pulse Sequence Description Language: PSDL)もしくは,パルスシーケンス開発キット(Pulse Sequence Development Kit: PSDK)が未完成だったからである.

これは,2018年11月頃に何とか完成し,2018年12月末に山梨大学に第一号の製品を納入することができた.その後,Professional version(数値ファントムが自由に使用できる研究用)とEducational version(使用できる数値ファントムに制限がある)を,合計で約50本出荷した(図16-3).他にも,BlochSolverなどを用いた受託研究なども行っている.

図16-1 会社所在地:ミリオンタワー虎ノ門6F        図16-2 東京法務局港出張所

図16-3 BlochSolverの製品DVD

 

16-2. 教科書の出版など

BlochSolverを使用するためには,パルスシーケンスそのものに対する理解,BlochSolverの理解,PSDKの仕様と使用方法などを理解する必要があるため,「MRIシミュレータを用いた独習パルスシーケンス〔標準編〕」という教科書を2020年3月に出版した.この教科書には,臨床用MRIで使用されている代表的なパルスシーケンスのPSDKによる記述と,シミュレーション例を紹介した.

また,それから2年くらいかけて,さらにそれを進めた内容の本を執筆し,2022年11月に,「MRIシミュレータを用いた独習パルスシーケンス〔先端編〕」を出版した.これには,SLRパルス,spiralトラジェクトリの設計方法,Non Cartesian samplingの画像再構成法,MRF(MR Fingerprinting),QPM(Quantitative Parameter Mapping)法のシミュレーションなどの先端的手法の解説を行った.

MRI simulationのソフトウェアは,世界的にもあまり普及していないが,MRIを理解するには「最良の」方法である.このため,大学における放射線技師の養成コースや,理工系大学院における研究,そして現職の医師や放射線技師の学びなおし(リスキリング)にも,非常に重要なソフトウェアである.よって,BlochSolverとこれらの教科書が,研究だけでなく,このリスキリングに役立つことを期待している.

図16-4 独習パルスシーケンス・標準編       図16-5 独習パルスシーケンス・先端編

 

16-3. 定年後のトピック

定年になった後の6月頃に,名誉教授の称号をいただいた(図16-6).この称号は,名刺に書いたり,メールのシグネチャに書くと,ビジネス的には色々と便利である.また,実利的には,筑波大学の図書館がネット経由で利用できるので大変重宝している.

図16-6 筑波大学の名誉教授章

 

また,2018年9月には,日本磁気共鳴医学会から名誉会員の称号をいただいた(図16-7).磁気共鳴医学会の名誉会員とは,会長(理事長)か大会長の経験者,もしくは,学会に特別な貢献があった方に送られる称号である.名誉会員になると,役員などの選挙権や被選挙権がなくなるが,年会費が不要になることと,大会参加費も無料になるので,こちらも非常に重宝している.

図16-7 磁気共鳴医学会

 

16-4. 今後の計画

MRI simulator関係の教科書を2冊書くことができたので,次は,1冊で,MRIの技術的なことがすべて書いてある「MRIの全貌」(All about MRI)という教科書を書こうと思っている.多分,数年はかかると思うが,後悔のないものを書きたいと思っている.

もう一つは,さまざまな形で,日本のMRI業界に貢献したいと思っている.「世界の」ではなく,「日本の」というのがポイントである.世界には,さまざまな研究グループがあり,MRIに対する考え方や取り組み方も様々である.また,医療に対する考え方も様々であり,それは,社会的,歴史的な経緯で決まっている.そこで,MRIに関する考え方も,日本なりの考え方があると思っている.世界の動向を常に把握することは重要であるが,それが,日本の医療現場にどのように活かせるかは別問題である.よって,グローバルに考え,ローカルに活動することが重要であると考えている.