第12章 筑波大学物理工学系講師(1986年1月~1994年12月)

12-1. 筑波大学での新しい研究・教育人生のスタート

1986年1月4日の仕事始めの日,筑波大学物理工学系に講師として着任した.これから,32年余りとなる筑波大学における研究と教育人生の始まりであった.割り当てられた部屋(3F728)の机の前に座って,ここで30年を過ごすのか,という感慨に浸った時のことをよく覚えている.というよりも,この時の気持ちはずっと忘れないだろうなと思った(図12-1).

ところが,筑波大学の法人化によって,新しい建物(総合研究棟B)が建設され,2005年4月にそちらの部屋に移ったので,結局この部屋では,約19年間を過ごすことになった.なお,隣の部屋には,出身研究室の大先輩である田崎明先生がおられ,一度,間違って,秘書の方が私の部屋のドアを突然開けられたことがあったが,その方は,私の家内の学生時代の友人だった.

いっぽう,1月4日には,義父母が家内と長女を連れて,寝具などを持って車で大学に来てくれたので,これから3月末まで単身で滞在することになる春日の単身宿舎に行った.このようにして,筑波大学での最初の1日が始まった.

図12-1 1986年から過ごした部屋から見えた風景(筑波山の双峰)

 

着任後の1月6日には,井上多門先生に連れられて,学系長の新井敏弘先生と,学類長の鈴木哲郎先生のところなどにご挨拶に行った.鈴木哲郎先生は,茅誠司先生のお弟子さんで東大助教授であった伴野雄三先生(その後に物性研教授に転任)のお弟子さんだったので,私とは,学問的には従兄弟の関係にあった.また,鈴木先生も,かつては東芝総研におられ,そこを辞めて,Brown大学に留学されて,そのずっと後に,筑波大に着任されたという経歴をお持ちであった.

その年の4月までは,講義は始まらなかったが,井上多門先生の研究室(図12-2)に,2人の卒研生がいたので,彼ら(谷口君と西村君)の世話や,実験室の立ち上げを行っていた.筑波大学物理工学系は,元々,東京教育大学光学研究所のスタッフの移転先として設立された経緯があったため,古い装置や備品が沢山あり,空き部屋には不要物品が部屋いっぱいに置かれていた.

図12-2 井上多門先生の研究室の同窓会.1992年頃.国際文化会館にて.

 

私に割り当てられたG114という部屋は,元々は教育大学光研から移転されてきた尾中龍猛先生の研究室で,JEOLの電子核子二重共鳴(Electron Nuclear Double Resonance: ENDOR)の装置が置いてあった.尾中先生は,筑波移転後間もなく退官されたため,その部屋も不要物品で一杯だった.そこで,不要物品を,他の研究室に引き取ってもらったり,廃棄してもらおうとしたが,物品廃棄は年に1回しかないため,それまでは,不要物品を部屋の半分のスペースに寄せて,残りのスペースで実験を始めることにした.と言っても,ゼロからの出発なので,MRIシステムの構築から始めた.これについては,次のセクションで紹介する.

1月から3月までは,主に,自転車で春日の単身宿舎から大学まで通ったが,3月末に,多摩市の分譲マンションを売り払って,北柏ライフタウンの公団の分譲マンションに引っ越し,そこからバスと電車で大学に通うことになった.また,それと並行して,1月から自動車学校にも通い始めた.白昼堂々と自動車学校に通うことは,さすがに憚られたので,講習も含め段階をクリアするのに時間がかかり,免許を取得できたのは8月頃だった.それから,義父から譲り受けたカローラの中古車を使って,毎日,車で通うことになった.これで,通勤時間が,それまでの1時間50分くらいから,1時間くらいに短縮された.

4月からは,講義が始まると共に,クラス担任をすることになった.講義と言っても,若手の講師は,講義はせず,主に,演習と実験の担当であった.それは,筑波大学が,従来の大学にあった助手のポジションをなくし,それを講師のポジションとしたためであった.演習は,線形代数の演習,実験は,制御工学実験(PID制御を用いてお湯の温度を制御する実験)を担当した.また,井上研の卒研生の指導も,井上先生と一緒に行った.なお,1年生のクラスには,今でも交流がある卒業生もいる.

 

12-2. MRIシステムの構築

実験用MRIシステムを新規に購入することは絶望的であったし,また,望んでもいなかったので,実験室に設置してあった,ENDORの装置に使用されていたギャップが66 mmの電磁石を用いて,MRI装置を構築することにした.このため,まずは,NMRのスピンエコー信号を出すための,TTL ICを用いた簡単なパルスジェネレータ,プリアンプ,プローブなどを作成した(図12-3,図12-4).最初のNMR信号が観測できたのは,着任した年の11月18日であった.

図12-3 43 MHz用(プロトン1 T)プリアンプ     図12-4 チューニングボックス(直列共振用)

 

NMR信号が確認できたので,いよいよ,MRIシステムの構築を加速させた.MRIシステムを構築するにあたって重要なのは,(1)どのようなコンピュータを使用するか,(2)データ転送をどのようにするか,という2点であった.これは,物性研で構築したGP-IBをベースとしたシステムにおいては,既存のシステムを利用できるというメリットはあったものの,GP-IBのデータ転送能力が低く,これによって,システムの性能が大きく制限されていたからである.

よって,高速データ転送が可能なVMEバスを使用し,コンピュータとしては,68000シリーズのボードコンピュータを使用した.VMEを使用したのは,データ転送が高速であることだけでなく,かなり大きなシステムまで使用できること,68000CPUとの相性が良いことなどを考慮して選択した.コンピュータとして68000シリーズを選んだのは,16bitアーキテクチャーであるにもかかわらず,内部は32bitのアーキテクチャーを考慮して設計されていたことである.そして,その32bit版である68020や68030のボードが,その後,発売され,CPUボードを交換するだけで,システムのアップグレードができた.

図12-5と図12-6は,MRIシステムのために,VMEバスボードに実装したADコンバータ(ADC)ボードと,フレームメモリボードである.ADCのビット分解能は12bitであり,信号加算がハードウェアでできるようになっている.フレームメモリは,256×256画素で8bitである.また,パルスプログラマは,Z80を使用したものをVMEボード上に実装した.

図12-5 VMEバス上に構築したADCボード     図12-6 VMEバス上に構築したフレームメモリ

 

以上のようなシステムを用いることにより,図12-7に示すような画像を撮像することができた.1987年6月24日のことである.直径10 mmの試験管に入った硫酸銅水溶液のスライス画像(128×128画素)である.その後,このシステムで,図12-8に示すような中指の画像も取得できた.また,この頃,長男が生まれた.

図12-7 筑波大学で初めて取得された画像      図12-8 同じ装置で撮像した指の画像

 

12-3. EPIによる円管内乱流の可視化・速度場計測

これでようやく研究をスタートする準備ができたため,早速,かなり前から温めていたテーマである,円管内を流れる乱流をEPI(echo planar imaging: 超高速イメージング法)で可視化する実験を始めた.

EPIを行うための実験的なハードルは,強力なリード用のグラジエント磁場の高速なスイッチングと,撮像領域内の静磁場均一性の確保である.鉄芯電磁石内で強力なグラジエント磁場をスイッチングすると,ポールピースに流れる渦電流が大きな問題となるが,それに関しては,図12-9に示すような,強力なGzグラジエントを発生するコイルを,ポールピースから離してRFコイルの近くに巻くことにより解決した.静磁場均一性に関しては,二次シムコイルを巻くことによって解決した.

図12-10は,内径9 mmのパイプの中を流れる乱流の塊(乱流パフ)を,200 msの時間間隔でEPIで撮像した結果である(文献1).これらの画像は,面内の流速成分にのみ感度を有する実数部の画像であり,乱流の存在が,面内の流速成分で可視化されている.

この画像の写真を,1989年秋の日本磁気共鳴医学会大会の招待で,Peter Mansfield氏(2003年ノーベル医学生理学賞受賞)が日本に来られた時に,私が自分の名刺の裏に貼って渡したら,その後,Mansfield氏から,EPIの本を書くのでデータを送って欲しいとう手紙をいただいた.

図12-9 EPIのために作成したRFプローブ            図12-10 乱流パフのEPI画像(実数部)

 

図12-11は,内径18 mmのパイプの中を流れる乱流パフにおいて,面内の二つの速度成分を2個のスピンエコーによって計測することにより,速度場を可視化したものである(文献2).図12-12は,内径18 mmのパイプの中を流れる乱流パフにおいて,円筒軸方向の速度場をマップしたものである(文献3).このように,EPIが,乱流の研究に有用であることを示すことができた.

図12-11 乱流パフにおける面内速度場分布      図12-12 乱流パフにおける軸方向速度分布

 

12-4. DSPを用いたリアルタイム画像再構成システムの開発

以上に示したMRIの応用計測とは別に,計測法とシステムの可能性を検証するために,図12-13に示すDSP(digital signal processor: デジタル信号処理プロセッサ)ボードを用いた,リアルタイムMR画像再構成システムを開発した(文献4).これは,半導体技術の急速な進歩により,浮動小数点計算が非常に高速(33.3 MFLOPS)となったことにより,ようやく可能になったものである.図12-14に示すように,細めのパイプから放出されるナイロン球の動きを,200 msの時間間隔で,リアルタイムに画像を取得・再構成・表示(強度画像と位相画像)することができた.

図12-13 リアルタイム画像再構成に用いたDSPボード 図12-14 リアルタイム撮像・再構成の例

 

12-5. 4.7Tの縦型超伝導磁石の導入とMRIシステムの立ち上げ

1992年頃に,「大学院最先端設備」という名前の文部省の大型予算があり,学内全体で1件が通るというので,大学院工学研究科の枠で,物理工学系が当番で大型設備を申請したら,うまいめぐり合わせで予算獲得ができた.そして,この予算で,それまでずっと希望していた,Oxford社の静磁場強度4.7 T,室温開口径89 mmの縦型超伝導磁石を導入することができた.

また,これに合わせて,Doty社のアクティブシールド型グラジエントプローブ(RFコイル径は21 mm)も導入できたので,実験の幅が大きく広がることになった.MRIの送受信系は,それまでの1 T用のものを活かし,200 MHzに周波数変換することによって対応させた.これによって,実験室のメインの磁石は,1 T(42.6 MHz)の電磁石から4.7 T(200 MHz,実際には外来ノイズを避けて202 MHz)の超伝導磁石に移った.この磁石は,2004年に一度シャットダウンして総合研究棟Bに移設したが,現在まで約30年間,問題なく稼働している.

12-6. Taylor-Couette流における速度パワースペクトル分布計測

上に示した,4.7Tの縦型超伝導磁石を導入して得られた最初の成果が,この研究である.

1990年頃,乱流は,カオス(予測不能な運動)の延長で考えられていた.その一つの典型例が,二つの相対的に回転する円筒の間の流れであるTaylor-Couette(TC)流である.たとえば,外側の円筒を固定して,内部の円筒を回転させた場合,まず,低速の場合には,回転軸方向に等間隔にTaylor渦と呼ばれる定常的な渦が発生する.それから,回転速度を上げると,その渦は上下に一定周期の振動を始め,さらに回転速度を上げると,複数の周期を持つ振動を始め,さらに回転速度を上げると,運動の予測が不可能なカオスと呼ばれる状態が出現する.

この現象において,速度変化は,レーザードップラー法などを用いて,特定の場所で計測がなされてきた.ところが,MRIを使用すれば,速度場を一挙に計測することができるので,TC渦における不安定性を,空間全体の現象として把握することができる.図12-15の左に示すグラフは,外円筒の内径が18 mm,内円筒の外径が10 mmの系において,回転の角速度が,臨界レイノルズ数Rcの6.25倍と6.75倍のときの作業流体(水)の,断層面全体で合計した速度パワースペクトル分布である.また,図12-15の右に示すグラフは,中心軸を含む鉛直断層面においてEPIによる速度マップから求めた,作業流体の,周波数分解を行った速度パワースペクトル分布である.このような分布は,MRIによって初めて得られたものである.このように,流体力学的にも有用な情報が,MRIによって得られることを示した点で,この論文は画期的だったと思う(文献5).また,ノーベル賞論文がしばしば掲載されるPhysical Review Letters誌に掲載されたことも,自分にとっては大きな自信となった.

図12-15 テイラー渦の速度パワースペクトル(左).速度パワースペクトル分布(右)

 

  1. K. Kose. NMR imaging of turbulent structure in a transitional pipe flow. Phys. D: Appl. Phys. 23, 981-983 (1990).
  2. K. Kose. One-shot velocity mapping using multiple spin-echo EPI and its application to turbulent flow. J Magn Reson 92, 631-635 (1991).
  3. K. Kose. Instantaneous flow-distribution measurements of the equilibrium turbulent region in a circular pipe using ultrafast NMR imaging. Phys Rev A44, 2495-2504 (1991).
  4. K. Kose, T. Inouye. A Real-time NMR image reconstruction system using echo-planar imaging and a digital signal processor. Meas Sci Technol 3, 1161-1165 (1992).
  5. K. Kose. Spatial mapping of velocity power spectra in Taylor-Couette flow using ultrafast NMR imaging. Phys. Rev. Lett. 72, 1467-1470 (1994).